あなたにはどう映ってる?
- kakuwamasato
- 4月14日
- 読了時間: 3分
人は、目に見えた一瞬で物事を判断してしまう。
街を歩いていて、公園で大号泣している人を見れば
「何かつらいことがあったのかな」と思い、
すれ違ったときに笑顔の人を見れば「幸せそうだな」と感じる。
でも、それが本当とは限らない。
泣いているのは、大事な人が助かって、張り詰めていたものが一気にほどけた瞬間かもしれない。
嬉しさや安堵で涙が出ているだけかもしれない。
逆に、笑っている人は、嫌なことや苦しさを隠すために笑っているだけかもしれない。
誰にも気を使わせないように、自分の感情にフタをしている途中かもしれない。
つまり、見えているものはその人の“本当”ではない。
本音や背景は、関係性がなければ見えないし、赤の他人にいきなり
「私はこうです」と話す人なんてほとんどいない。
心を開いて、時間をかけて初めて見えてくるものがある。
だからこそ、人を知ろうとするなら、自分から心を開くことが必要になる。
そしてこれは、人に限った話じゃない。
成功している人を見ても、目に入るのは華やかな“結果”ばかりで、そこに至るまでに積み重ねた努力や、失ってきたものにはなかなか目がいかない。
うまくいかない現実を、誰かのせいにしたり、ただ羨ましがるだけで終わってしまうこともある。
でも、その人の日常や過程を見ようとはしない。
ここでも結局、見ているのは“表面だけ”。
人も、出来事も、すべて同じで、目に見えているものはほんの一部に過ぎない。
それなのに、どこの誰かもわからない人の目や声を、
必要以上に気にしてしまうことがある。
でも、その人たちが自分の人生を本気で支えてくれるかといえば、
そんなことはほとんどない。
もちろん時には、誰かの何気ない一言が妙に刺さったり、接点のない人の言動や行動が、自分を変えるきっかけになることもある。
ただ、それはあくまで“きっかけ”であって、その先をどうするかは自分次第。
自分の人生は、自分で進んでいくものだから。
だから大切なのは、見えるものに振り回されず、自分の軸で生きること。
その上で、本当に関わりたい人や、ちゃんと知ろうと思える相手とだけ、
時間をかけて向き合っていく。
そしてこれは、自分自身にも当てはまる。
日々の過ごし方、仕事の仕方、休みの日の使い方。
それは本当に、自分が手に入れたい姿に繋がっているのか。
おそらく、多くの人が「NO」と感じているはず。
じゃあ、なぜ変えないのか。
「現実的じゃない」
「自分には無理だ」
そんな声が聞こえてくる。
でも、本当にそうだろうか。
別に、大金持ちになれとか、毎日誰かと派手に過ごせと言っているわけじゃない。
ただ、自分にとっての“満足”を、自分がちゃんと知っているのかという話。
例えば、朝の納豆ご飯。ふとした猫との時間。
お客様の予約がしっかり埋まっている日。
そんな何気ないことで、十分に満たされる瞬間もある。
その価値を決めるのは、他人じゃない。
自分が感じるものは、ちゃんと自分の物差しで測った方がいい。
どうしてこんな話をするのかというと、
僕は美容師として、日々たくさんの人と関わる中で、いろんな立場や世代、男女問わず話をする機会がある。
その中でよく言ってもらえるのが、「いつも楽しそうだね」「充実してるね」という言葉。
確かに、自分でも日々を楽しめている実感はあるし、明日死んでも「楽しかった」と思えるくらいには、今の人生に納得している部分もある。
でも、それもまた“見えている一面”に過ぎない。
僕の言葉が、どこで誰の役に立つのか、正直それはわからない。
それでも、もしどこかで誰かの力になることがあるなら、その“きっかけ”くらいは残しておきたいと思っている。
だから、こういうことを伝えている。
見えているものがすべてじゃない。
だからこそ、何を見るかも、どう生きるかも、自分で決めていい。





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