忙しいって、心を亡くすっていうけど
- kakuwamasato
- 4月25日
- 読了時間: 3分
忙しいって、楽しめてないってことなんだろうか。
ふとそんなことを考えた。
例えば旅行に行ってるとき。
予定をパンパンに詰めて、時間を細かく決めて動いても、「忙しかったな」ってあまり言わない気がする。
むしろ、「充実してた」って言う人の方が多い。
でも同じように、仕事や日々のタスクをこなしていると、
人はそれを「忙しい」と表現する。
この違いって、なんだろう。
たぶんそれは、“自分で選んでいるかどうか”なんだと思う。
旅行は、自分で決めて、自分で詰めてる。
多少ハードでも、それがやりたいことだから苦じゃない。
でも仕事になると、やらなきゃいけないことや責任が乗ってくる。
同じ量をこなしていても、そこにあるのが「義務」なのか「選択」なのかで、
感じ方は大きく変わる。
普段いろんなお客様と話していると、
「角和さんっていつも忙しそうですよね」って言われることがある。
営業時間も長いし、SNSとかをみてても常に何かしてるように見えるみたい。
でも正直なところ、自分ではそんな感覚はあまりない。
むしろ、ふと「暇だな」って思うことも多い。
たぶんこれは、自分の中で全部が“日常”になっているから。
特別なことをしている感覚がない。
外から見たら動いてるように見えても、自分の中ではただの平常運転。
だからこそ、忙しさを感じにくいし、逆に刺激が足りなくて、暇に感じる瞬間もある。
仕事は楽しいし、好きだから苦じゃない。
でも、それだけになるとそれはそれで違うなとも思う。
どれだけ好きなことでも、同じリズムが続くと、少しずつ慣れていく。
いわゆる“マンネリ”。
別に悪いわけじゃないけど、なんとなく物足りなさを感じる瞬間がある。
だから、そういうタイミングで動くようにしている。
一人でふらっと旅に出たり、
どこかに行ってみたり、
誰かに会いに行ったり、
今までやったことないことをやってみたり、
実家に帰ったり。
たぶん、自分の中で“充電”とか“刺激”を求めてるんだと思う。
こうやって考えると、自分って飽きっぽいし、落ち着きないのかもしれない。笑
でも、それも悪くない。
子供の頃から、あまり変わってないだけで。
今の自分は、「仕事を楽しみたい」っていう気持ちが結構強い。
だからこそ、それを楽しむために必要なこととか、
大切にしたいこととか、頑張るべきことを、自分で選ぶようにしている。
軸がはっきりしていると、自然と取捨選択もしやすくなる。
やらなくていいことはやらないし、今じゃないことも無理に抱えない。
その分、余計なストレスもかかりにくい。
そうやって整えていくと、いい状態で仕事ができる。
無理して頑張るんじゃなくて、ちゃんと楽しめてる感覚がある。
その“楽しい”って、たぶん自分の中だけで完結するものじゃなくて、
少しずつ外にも伝わっていく。
お客様にとっても、なんとなく居心地がよかったり、安心して任せられたり。
理由ははっきりしなくても、そういう空気は伝わるものだと思う。
忙しいかどうかじゃなくて、それをどう感じているか。
もしかしたら、「暇だな」と感じている今って、
次に進む余白があるってことなのかもしれない。
今日も最善を尽くしていい1日にしようと思います。





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