「あなたは自分に優しい?厳しい?」
- kakuwamasato
- 5月2日
- 読了時間: 3分
「得意」と「苦手」と、自己評価のズレの話
最近ふと思ったことがあって。
「それ苦手なんですよね」と言ってる人の方が、
「それ得意です」と言ってる人よりも、うまくやってたりする。
これ、けっこうあるなと。
例えば家事。
家事が得意って言ってる人の家より、
家事が苦手って言ってる人の家の方が綺麗だったりするし、
運動も同じで、運動苦手って言っても普通に動けたりする人もいる。
これって結局、実力の話というより“自己評価の基準”の話なんだと思う。
人って無意識に基準を変えていて、
得意・好きなことに対しては基準が高くなる。
だから少しできても「まだまだ」と思う。
逆に苦手意識があることは基準が低くなるから、
同じくらいできていても「意外とできた」と感じる。
同じ70点でも、片方は「全然ダメ」、もう片方は「思ったよりいい」になる。
でも外から見たら、どっちも70点。
むしろ苦手だと思ってる人の方が、丁寧にやってたりして評価が高いこともある。
ここにさらに、日本人特有の“謙遜”が乗っかる。
よく言われる話だけど、
外国人が日本に来て「英語話せますか?」って聞くと、「少しだけなら」って言うのに普通に会話できて驚かれる。
逆に「日本語わかる?」って聞くと「もちろん!」って言うのに「スシ」くらいしか知らない、みたいな。
どっちも極端だけど、要は“できるの基準”が違う。
日本人は基準が高すぎて自分を低く見積もるし、逆は基準が広すぎて自分を高く見積もる。
どっちがいい悪いではないけど、ズレは確実に起きる。
このズレって、時々ちょっとした違和感になる。
美容師の仕事でもそうで、
お客様が気に入って来てくれているのに「僕めっちゃ下手なんで」って言われたら、どう感じるか。
たぶん多くの人は、少し引っかかると思う。
「じゃあ私の選択って何だったんだろう?」って。
謙遜してるつもりでも、相手の評価を否定してしまうことがある。
体型の話も似ていて、
すごく細い人が「最近太っちゃって」と言うと、
聞いてる側は「じゃあ私はどうなるの?」ってなる。
本人の中では事実でも、相手の基準を巻き込んでしまうとズレが生まれる。
だから大事なのは、
自分の中の基準と、相手に伝える言葉を分けること。
僕自身、不器用だしカットも「自分が一番うまい」と思ったことはない。
もっと良くできると思ってるし、満足もしていない。
でも、下手だとは思ってない。
今の自分なりに最善は尽くしているし、だからこそ自信を持って提供している。
お客様が「最高です」と言ってくれることもある。
それは素直に嬉しいし、ちゃんと受け取る。
でも同時に、「その最高は、まだ更新できる」とも思っている。
結局、自分の中の基準は持ち続けながら、相手の感じた価値はちゃんと尊重する。
そのバランスが大事なんだと思う。
「最高ではないかもしれないけど、最善は尽くしている」
この感覚で仕事をしていると、少しずつでも確実に積み上がっていく。
地味だけど、こういう積み重ねが一番強いんじゃないかと思う。
みんなそれぞれ頑張ってて、ちゃんと偉い。
でも、基準が高すぎて自分を厳しく見すぎてることもある。
本当はもう少しできてるのに、自分でそれを認めてあげてないだけかもしれない。
だからこそ、
少しだけ基準を整えて、ちゃんとできてる部分はちゃんと受け取る。
その上で、また次に進めばいい。
みんな偉いけど、もうちょっと肩の力抜いてこー。





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