「奢らせてもらえた日、ちょっと嬉しかった話」
- kakuwamasato
- 6月13日
- 読了時間: 3分
人の価値とは
「人の価値とは、その人が得たものではなく、その人が与えたもので測られる。」
アインシュタインの言葉として有名な言葉です。
この言葉を聞いたとき、すごくいい言葉だなと思いました。
でも正直なところ、僕は昔から「人に与えよう」と意識して生きてきたわけではありません。
ただ振り返ってみると、もらうよりあげる方が好きだった気がします。
美容師になってからもたくさんの人にお世話になりました。
技術を教えてくれた先輩。
相談に乗ってくれた人。
助けてくれた仲間。
お客様から学ばせてもらうこともたくさんあります。
だから「誰に一番お世話になりましたか?」と聞かれても答えられません。
本当にたくさんいるからです。
今の自分は、自分一人で作ったものではなく、たくさんの人から受け取ったものの積み重ねだと思っています。
だから僕は、人の価値は与えたもので決まるという言葉に共感しながらも、その前に忘れたくないことがあります。
それは、自分がどれだけ与えてもらってきたかということです。
昔お世話になった人や、若い頃にたくさんご飯をご馳走してくれた人と今でも会うことがあります。
そんな時、自分がご飯代を払えるのが嬉しいんです。
もちろん恩返しの気持ちもあります。
でもそれ以上に、
「あの頃は奢ってもらう側だった自分が、今は奢る側になれたんだな」
そう思えることが嬉しいのかもしれません。
そして、奢らせてもらえることも嬉しい。
相手からしたら何気ないことかもしれません。
でも僕にとっては、
「少しは成長したと認めてもらえたのかな」
そんな気持ちになるんです。
お金の話ではありません。
あの頃お世話になっていた自分から、少しは成長できたのかもしれない。
そう感じられる瞬間なんです。
だから与えるという行為は、何かを失うことではないと思っています。
昔もらったものを、形を変えて次に渡しているだけ。
そう考えると、人との繋がりって面白いなと思います。
美容師の仕事も同じです。
お客様に「担当してもらってよかった」と言ってもらえた時は本当に嬉しいです。
特に、「誰でもよかったわけじゃない」「あなただから力になれた」と感じる瞬間は特別です。
でもそれも、自分一人の力ではありません。
これまで出会った人たちから受け取ったものが、形を変えて誰かの役に立っているだけなのかもしれません。
人の価値とは何でしょう。
もし僕が美容師を辞める時に、
「担当してもらってよかった」
「辞めないでほしい」
そんなふうに思ってもらえたら、それはきっと価値のある時間を一緒に過ごせたということなんだと思います。
人の価値は、得たものではなく与えたもので決まる。
そして与えられる人の裏側には、たくさん与えてくれた人たちがいる。
僕もこれから先、受け取ったものを少しずつ誰かに渡していけたらいいなと思っています。





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