それは角和さんだから、が嫌いだった
- kakuwamasato
- 2月3日
- 読了時間: 2分
昔はさ、「変わってるよね」って言われても、
正直みんなの方が変わってるんじゃないかって思ってた。
だから「自分が変わらなきゃいけない」そんなふうにはならなかったけど、
心のどこかに小さな棘は刺さってた気がする。
一番嫌いだった言葉は「それは角和さんだから」。
めちゃくちゃ線を引かれてる感じがしたし、
それを言えば「自分はやらなくていい」そんな逃げの言葉にしか聞こえなかった。
同じ立場で同じ給料もらってるけどな、って内心思ってた。
当時の自分は、今よりずっと視野が狭かったと思う。
若い頃ってプライドも高いし、周りの評価やポジションをどこかで気にしてた。
そのせいで、周りに苦しんでる人がいても今なら取れたかもしれない行動を取れなかったんじゃないかって考えることもある。
まあ、今さら当時の自分に戻れるわけでもないから、
これからはそうできたらいいな、くらいだけど。
今となっては、「変わってるね」と言われたら確かにそうだなって思うし、
むしろ少し微笑んでしまう。
「角和さんだから」と言われても、自分は自分、相手は相手。
価値観も基準も全部違う。
自分の正解を相手に求めなくていいって気づいてから、本当に楽になった。
社会とのズレを感じたり、周りとの壁を感じたりすることは、
生きていれば誰にでもあると思う。
でも、どんな生き方も間違いじゃないし、どんな自分も正解だと思ってる。
もちろん、法律的にダメなことや人として超えちゃいけないラインはある。
犯罪が肯定されるなんてことは、絶対にない。
ただ、自分が好きなことを好きだと言う自由を誰かが否定する権利はないし、
何を大切にするかは自分で決めていい。
それに気づけたとき、自分が本当に好きな価値観がやっと分かった気がした。
もし、同じような苦しさを抱えてる人がいたら、
少しでも楽になれるように力になれたらいいなと思ってる。
自分が毎日楽しく過ごせてるのは、自分らしく生きて、
そんな自分を認めてくれる人が周りにいてくれるから。
みんなにも、そんな気づきがあったら嬉しい。





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