それは応援なのか、それとも依存なのか
- kakuwamasato
- 1月8日
- 読了時間: 2分
最近、ふと思うことがある。
ちょっと気に食わないことがあると、すぐに誰かを批判する空気って、
前より強くなってないだろうか。
好きだと言っていたはずのグループを叩いたり、思い通りにならないと他の誰かを引き合いに出したり。
「ファンだから言う権利がある」と言葉だけが強くなって、気づけば言いたい放題になっている。
あくまで個人的な意見だけど、それって本当に“ファン”なんだろうかと思ってしまう。
いい時だけ応援するのは、たぶん応援じゃない。
調子がいい時も、うまくいかない時も、距離は変わっても気持ちは簡単に切らない。
それくらいでいられるのが、本当の意味で「好き」なんじゃないかと思う。
恋人関係でも同じで、片方が相手に期待しすぎて、依存して、
思い通りにならないと責め始めたら、長くうまくはいかない。
お互いが自立した上で、必要な時に支え合えるから、関係は強くなる。
応援も、それと似ている気がする。
批判すること自体が悪いわけじゃない。
でも、本当に大切に思っているなら、言葉の選び方や、伝える覚悟は必要だと思う。
「裏切られた」と言う前に、それは期待の押し付けじゃなかったか。
それは応援という名の依存じゃなかったか。
そして、もう一つ思うことがある。
そもそも見てもいない。
好きでもない。
関わりもない。
そんな人やものを、わざわざ批判する意味ってあるんだろうか。
自分の人生に、何の影響もない。
評価が上がるわけでも、幸せになるわけでもない。
賞賛ならまだしも、批判して何が残るんだろうと思ってしまう。
批判って、意外とエネルギーを使う。
感情を動かして、言葉を選んで、それなりに時間も気力も削られる。
そのエネルギー、本当は自分のために使えたんじゃないか。
誰かを下げる時間があるなら、鏡を見て、自分を磨いたほうがいい。
技術でもいい。
知識でもいい。
考え方でも、生き方でもいい。
他人を叩いて安心するより、自分に向き合って、静かに前に進むほうが、たぶん、ずっと強い。
これは誰かを責めたいわけじゃないし、正解を押しつけたいわけでもない。
ただの、僕の個人的な視点です。
でも、もし応援しているつもりで苦しくなっているなら、誰かを批判して疲れているなら、一度立ち止まって考えてみてもいいかもしれない。
それは応援なのか。
それとも依存なのか。






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