top of page

それは応援なのか、それとも依存なのか


最近、ふと思うことがある。

ちょっと気に食わないことがあると、すぐに誰かを批判する空気って、

前より強くなってないだろうか。


好きだと言っていたはずのグループを叩いたり、思い通りにならないと他の誰かを引き合いに出したり。

「ファンだから言う権利がある」と言葉だけが強くなって、気づけば言いたい放題になっている。


あくまで個人的な意見だけど、それって本当に“ファン”なんだろうかと思ってしまう。

いい時だけ応援するのは、たぶん応援じゃない。

調子がいい時も、うまくいかない時も、距離は変わっても気持ちは簡単に切らない。

それくらいでいられるのが、本当の意味で「好き」なんじゃないかと思う。


恋人関係でも同じで、片方が相手に期待しすぎて、依存して、

思い通りにならないと責め始めたら、長くうまくはいかない。

お互いが自立した上で、必要な時に支え合えるから、関係は強くなる。

応援も、それと似ている気がする。


批判すること自体が悪いわけじゃない。

でも、本当に大切に思っているなら、言葉の選び方や、伝える覚悟は必要だと思う。

「裏切られた」と言う前に、それは期待の押し付けじゃなかったか。

それは応援という名の依存じゃなかったか。


そして、もう一つ思うことがある。

そもそも見てもいない。

好きでもない。

関わりもない。

そんな人やものを、わざわざ批判する意味ってあるんだろうか。


自分の人生に、何の影響もない。

評価が上がるわけでも、幸せになるわけでもない。

賞賛ならまだしも、批判して何が残るんだろうと思ってしまう。


批判って、意外とエネルギーを使う。

感情を動かして、言葉を選んで、それなりに時間も気力も削られる。

そのエネルギー、本当は自分のために使えたんじゃないか。


誰かを下げる時間があるなら、鏡を見て、自分を磨いたほうがいい。

技術でもいい。

知識でもいい。

考え方でも、生き方でもいい。

他人を叩いて安心するより、自分に向き合って、静かに前に進むほうが、たぶん、ずっと強い。

これは誰かを責めたいわけじゃないし、正解を押しつけたいわけでもない。

ただの、僕の個人的な視点です。


でも、もし応援しているつもりで苦しくなっているなら、誰かを批判して疲れているなら、一度立ち止まって考えてみてもいいかもしれない。

それは応援なのか。

それとも依存なのか。



 
 
 

コメント


〒064-0820

北海道札幌市中央区大通西26丁目1−18円山アーク2階

011-212-1455

定休日:不定休
​9:00〜20:00

札幌美容室/​美容室ベア

bottom of page