「知らないというだけで、人は怖くなる」
- kakuwamasato
- 2月5日
- 読了時間: 3分
知らないことって、やっぱり怖い。
最近でいえば、コロナが流行り始めた頃がわかりやすい。
どんなウイルスなのかも分からない。
薬もワクチンもない。
「自分がかかったら死ぬんじゃないか」そんな恐怖が、世界中に広がったと思う。
人間関係でも同じことが言える。
同じ言葉をかけられて、同じ行動をされても、
相手がどんな人かを知っているかどうかで、体感はまったく違う。
知っている人に「おはよう、今日もいい笑顔だね」と言われたら、
素直に「ありがとう」と思える。
でも、知らない人に同じことを言われたらどうだろう。
それはもう、恐怖でしかない。
スポーツにも、社会にも、必ずルールがある。
そのルールを知らないまま、その場に行くのはやっぱり怖い。
全く行ったことのない国に、何の知識もなく行くのと同じかもしれない。
こうやって考えると、「知らない」という状態は、自分の世界を狭めて、恐怖を生む。
それは人生でも同じだと思う。
自分がどんな人間になりたいのか。
どんな人生を歩んでいきたいのか。
それを知らないまま、楽しく豊かになるのは、正直難しい。
実体験でも、そんなことを感じたことがある。
昔、カウンセリングの講師をしていた頃。
初対面の人もいれば、何度も会っている人もいる場で、
あえていきなりプレゼントを渡してみたことがあった。
すると、多くの人が「え?」と戸惑った反応をする。
でも時間が経って、僕がどんな人なのか、考え方や空気感を感じてもらえた頃。
講習の後半でお菓子を渡すと、誰も迷うことなく、自然に受け取ってくれた。
たぶん中身や内面を全部理解したわけじゃない。
ただ「この人は危険じゃない」そう感じてもらえたんだと思う。
でも考えてみてほしい。
外で、知らない人からお菓子をもらったら、怖くて食べなくないだろうか。
同じ行動でも、知っているかどうかで、意味はまったく変わる。
この世の中、知らないことなんて山ほどある。
それ自体は当たり前のことだし、悪いことでもない。
どれだけ物知りな大人でも、子どもたちの常識になっている
YouTuberやゲームの話には疎かったりする。
何を知っていて、何を知らないかは、それぞれの価値観や環境で変わるものだから。
ただ、「知らないこと」よりも、知らないという理由だけで、知ろうともしないことの方が、もったいないと感じることがある。
壁を作ったり、線を引いたり。
自分も含めて、きっと誰にでもある。
たとえば、なんとなく「海外は治安が悪そう」と思ってしまうこと。
間違いではないけど、正解でもない。
安全な場所を選べば、まったく問題ない国だってたくさんあるのに、
イメージだけで決めつけてしまう。
それは、自分も含めて、やっぱりもったいない。
だからこそ、偏見を持つ前に体験してみる。
チャレンジしてみる。その姿勢が大切なんだと思う。
ネットで見て「知っている」のと、自分で体感して「知っている」のは、
同じ“知っている”でも、まったく別のものだから。
サッカーを始めたいなら、サッカーのルール。
お金持ちになりたいなら、お金持ちのルール。
人を助けたいなら、そのためのルール。
自分が思い描く場所に行きたいなら、必要なことを、少しずつ知っていけばいい。
自分自身も、楽しんで生きていくために、これからもいろんなことにチャレンジして、
いろんな世界を知っていきたいと思う。
P.S.
これから事業をやろうとしている人は、税金のことだけは本当に知っておいたほうがいい。
知らないまま進むと、あとからまとめて痛い目を見ることになる(笑)。
これは、経験者として心からそう思う。





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