「決めた日より、続けた日」
- kakuwamasato
- 2025年12月22日
- 読了時間: 3分
決断力って大事だよね、ってよく言う。
「あのときの決断があったから今がある」みたいな成功談も、世の中にはたくさんある。
もちろん、それも間違いじゃないと思う。
でも正直、たった一つの決断で人生が全部ひっくり返ることって、実はそんなに多くないとも感じてる。
仮に大きな決断をしたとしても、
次の日からの生活がいきなり別人みたいになるわけじゃない。
結局はまた、いつも通りの一日が始まる。
じゃあ決断に意味がないかというと、そうでもなくて。
一つ大きな決断ができるようになると、今まで悩んでいた小さな選択を、
前より軽く選べるようになる。
やるか、やらないか。
行くか、やめるか。
言うか、飲み込むか。
決断って、人生を一発で変える魔法じゃなくて、迷い続ける癖から抜けるためのスイッチみたいなものなんだと思う。
ただ、ここで一つ問題がある。
人って、考えてわかっていても、行動できないことが多すぎる。
読書したほうがいいって知ってる。
携帯なんて見ないほうが集中できるってわかってる。
早く寝たほうが体にいいのも理解してる。
それでも気づいたら携帯を触って、漫画を読んで、ゲームをして、時間が溶ける。
これは意志が弱いからじゃない。
意識より衝動のほうが強い生き物だから。
だから「意識を高めよう」とか「気合で頑張ろう」だけだと、だいたい衝動に負ける。
じゃあどうするか。
答えはシンプルで、衝動をコントロールするんじゃなく、再教育するしかない。
そのために大事なのが、日々どんな思考を回しているか、どんな言葉を自分にかけているか。
人は、自分が使っている言葉に驚くほど影響される。
良くも悪くも、簡単に洗脳される。
だから「どうなりたいか」を先にイメージして、その自分なら選びそうな思考と言葉を、今の生活に少しずつ落としていく。
人は比較しないと理解できない生き物でもある。
だから、今の行動を続けた3年後の自分と、何も変えなかった3年後の自分を並べて想像してみる。
今この瞬間の簡単な快楽を取るのか、将来の大きな快楽を取るのか。
人間をざっくり言えば、結局は快楽と痛みで動いている。
快楽は一瞬で引っ張ってくるし、痛みは本能的に避けたがる。
でもやっかいなのは、痛みを一度通らないと、本当の快楽に気づけないことが多いってこと。
うまくできてるのか、残酷なのか。
自分の話をすると、朝の読書やトレーニングもそうだった。
始めた頃は、眠いし、めんどくさいし、正直しんどかった。
でも続けていくうちに、
体の調子が良くなる。
肌の感じが変わる。
気持ちが安定する。
知ること自体が楽しくなる。
そういう遅れてくる快楽を、体が覚え始めた。
するとある瞬間から、「頑張ってやっている」じゃなくて、「やらないほうが気持ち悪い」に変わる。
痛みが消えたんじゃなくて、価値が反転しただけ。
だから考えなくても体が動く。
それが習慣になる。
結局、人生を変えているのは大きな決断じゃなくて、
決断したあとの、何気ない毎日の行動なんだと思う。
派手さはない。
でもちゃんと続けた人だけが、あとから静かに気づく。
「あれ、いつの間にか景色変わってたな」って。
日々の行動が、全て。






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