「最期に、何が残るんだろう」
- kakuwamasato
- 1月22日
- 読了時間: 2分
あなたは、どんな最期を迎えたいか考えたことはありますか。
また、最期を迎えるときに、どんな人でありたいでしょうか。
きっと多くの人が
良き人間で
良き家族で
良き配偶者で
良き友人で
暖かく、
優しく、
思いやりがあって周りから尊敬され、
愛されている
そんなふうに思われたいと願うのではないでしょうか。
では、そのために必要なものは何でしょう。
お金でしょうか。
財産でしょうか。
地位や名誉、権力でしょうか。
きっと、少し違いますよね。
どんなにそれらを持っていたとしても、それ自体に大きな意味があることは、案外少ない気がします。
最期のときに
「あの人は偉い地位にいた人だったね」
「お金持ちで、いい車やいい家を持っていたよね」
そんなふうに語られたい人は、実はあまり多くないのではないでしょうか。
こんな話があります。
毎日、平均の半分くらいしか働かない漁師の話です。
「残りの時間は何をしているんですか?」と聞くと彼はこう答えました。
友達と遊んだり本を読んだり寝たり映画を見たり
それを聞いた人が言いました。
「もう一隻船を買って、人を雇って、もっと働けばもっとお金が手に入る。そうすれば10年後には、楽ができるぞ」
すると漁師は聞き返します。
「楽になったら、どうなるんですか?」
「友達と遊んだり、本を読んだり、寝たり、映画を見たりできる」
……。
という話です。
僕はこの話が好きで、思わずクスッとしてしまいました。
人の“楽しい”や“幸せ”は、本当にそれぞれです。
お金や地位があれば幸せになれる、そう考える人も多いと思います。
選択肢が増えるのは事実ですし、それ自体を否定するつもりもありません。
ただお金や地位が幸せを運んでくるのではなくそれをどう活かすかで、初めて手に入るものがある。
決して「お金がないと幸せになれない」ということではないんですよね。
身近なところに、たくさんのヒントは転がっています。
このお話は、それをとても分かりやすく教えてくれている気がします。
皆さんも自分にとっての「価値」を見つけて楽しんでくださいね。
このブログを見てくれる人がいると僕は幸せです






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