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「〇〇すぎるよね」と言われたときに思うこと

リアルでもエンタメでもいろんな場面で使われる


「真面目すぎるよね」

「優しすぎるんじゃない?」


たぶん、言った側に深い意味はない。

会話の流れで、軽く貼られるラベルみたいなもの。

でも、言われた側は少し立ち止まる。

それって直したほうがいいのかな。

欠点ってことなのかな。


不思議なのは、「すぎる」という言葉がついた瞬間、本来は長所だったはずのものまで、

急に扱いづらい性格みたいに見えてくるところだ。


真面目なことも、優しいことも、考えすぎることも、それ自体は悪いことじゃない。

ただ正直に言えば、それが原因で行き詰まったり、自分が苦しくなる場面があるのも事実だと思う。


じゃあ「明日からちゃらんぽらんに生きよう」って切り替えられるかというと、そんな簡単な話でもない。


無理に変わろうとしても難しいし、仮に変われたとしても、今度は別の違和感や問題が生まれそうな気がする。


だから最近思うのは、大切なのは性格を変えることじゃなくて、

自分をちゃんと認識することなんじゃないか、ということ。


「あ、今、真面目さが裏目に出てるな」

「あ、優しさで自分を後回しにしてるな」

そうやって気づけるだけでいい。


受け入れるって、開き直ることでも、諦めることでもなくて、自分の取扱説明書を知ることに近い。


真面目すぎる自分は、追い込みやすい。

優しすぎる自分は、我慢しやすい。

それが分かっていれば、少し早めに休んだり、一歩引いたりできる。


誰かの基準で貼られた「すぎる」に自分を当てはめすぎなくていい。

別に、前向きになろうとか、人生を好転させようとか、そういう話をしたいわけじゃない。

ただ、「真面目すぎる自分」や「優しすぎる自分」を敵にしないでいられたら、それで十分なんじゃないかと思う。


誰かに言われた「〇〇すぎる」をそのまま直す必要はない。


今日は少し疲れやすい自分だな、とか今は余裕がないな、とかそれくらいの距離感でいい。

性格を変えなくても、生き方はほんの少し楽になる。

少なくとも、自分で自分を追い詰めなくて済む。

今のところ、それだけで十分だと思っている。


この子達は猫すぎる



 
 
 

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